歯車になって幸せに働けるか?

「会社の歯車になりたくない!」という言葉にもある通り、「歯車」とは悪い意味でしばしば用いられます。歯車になると、自分が大した存在ではないように思えてしまう、という気持ちは、よく分かりますよね。

一方で、次の文章にも共感できませんか?

本来、組織には「みんなで何かを成し遂げる喜び」とか、「同じ目的に向かってともに進んでいく連帯感」とか、「人を幸せにしてくれるもの」があるはずです。それらは個人では得られない、組織だからこそ得られる、かけがえのないものだと思います。

これは、「すべての組織は変えられる 好調な企業はなぜ「ヒト」に投資するのか」(麻野耕司著 PHPビジネス新書)の中の一節です。こういう意見に出会うと、なるほど、組織も悪くないなと思えます。では、結局、組織の歯車になるのって楽しいことなのでしょうか?

幸せな歯車になれないか?

歯車という言葉からくる嫌なイメージは、「取り換えが出来るパーツである」とか、「大きな動作をするための、ごく一部の機能にすぎない」というものでしょう。つまりは、希望の裏返しだと思います。「誰でもいい訳じゃなく、自分を必要とされたい」「自分の仕事がちゃんと組織の成果に貢献していると実感したい」という気持ちを、みんなが持っているということでしょう。

結局、歯車なのかどうかは、幸せに働けるかどうかとは関係ないと思うのです。自分を必要としてくれて、貢献していう実感がもてる歯車なら、きっと幸せな歯車です。

幸せな歯車を作るのは誰か?

そんな幸せな歯車になることを求めて、職場を変えたり、会社の制度を構築したり、色々な動きをする人がいます。もちろん大事なことだとは思うのですが、どこか他力本願な気がしてしまいます。私たちが考えるべきことは、「私が何をすれば、私が幸せに働けるか」ではなくて、「周りのメンバーが幸せに働けるようになるために、私にできることは何か」だと思うからです。周りの人を活かして、必要としてあげること。そのメンバーの仕事をありがたく思っていることを、伝えてあげること。そうやって、周りの歯車を幸せにしてこそ、巡り巡って自分も幸せな歯車になれるんだと思います。

信頼するから信頼されるとか、ありがとうを伝えるから、ありがとうと言ってもらえるとか、そういう好循環って実際にあると思います。人間、好循環の環境の中にいれば、誰だって良い人でいられます。でも、悪循環に入ると、悪循環を周りのせいにしつつ、悪循環に染まってしまいがちではないでしょうか。私は、いつでも好循環の輪の中にいたいです。だから私は、好循環を作り出す側の人間になりたいです。それは、自分が幸せな歯車になることではなく、周りを幸せな歯車にすることで成し遂げられると信じています。私はいつも、好循環のキッカケでありたい。そういう想いが、このブログのタイトル「若手技術者がファシリテーティブリーダーになるまで」に込められています。

 

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